研究テーマ

[拠点形成の目的]

  • 21世紀COEプログラム「市場の質に関する理論形成とパネル実証分析」(以下,21COE)では,拠点リーダー吉野を中心に,「現代経済の健全な発展・成長には高質な市場が必要だ」という新しい理論(市場の質理論)を提唱し,実証した.この理論では,アメリカの住宅ローン市場におけるサブプライム問題,インターネットバブル崩壊後のアメリカで明らかになった不正企業会計など,現代経済の多くの問題が市場の質の低さに起因するとみる.この認識のもと,家計行動のパネルデータを構築し,理論と実証の両面から研究を行い,市場の質理論を確立した.研究員等の多数の論文刊行など,教育でも大きな成果をあげ,中間評価でも高い評価を受けた.また,海外の多数の大学や組織と協力関係を築き,広範囲な国際ネットワークを形成した.
  • 本拠点では,21COEの活動を超え,拠点リーダー吉野のもと,市場そのものを内生的に捉える新しい経済学的視点を確立し,現実の経済における市場高質化のダイナミズムを明らかにする.そのために,法律,制度,組織,文化,倫理,慣習等,市場を取り巻く様々な要素の総体を市場インフラと呼び,市場の質と市場インフラの動学的関係を解明する.市場や市場制度に関する既存理論は,完全競争という理想的な状態と現実の市場との直接的比較(静学分析)に基づくことが多い.しかし実際には,一朝一夕に完全競争に転換できる市場は少ない.本拠点では,質の異なる様々な市場が完全競争市場を一方の端点としてスペクトラムを形成し,現実の市場は,市場インフラの変化とともに,スペクトラム上を内生的に少しずつ移動するとみる.本拠点の経済学上の目的は,この過程を理論・データ・実証の総合的視点から解明し,市場インフラの総合的な設計(コーディネーション)により漸進的な市場高質化を促すことで経済が健全な発展・成長を遂げる道筋を解明することにある.そのためには市場の内生的変化を適切に捉えた高質なデータが欠かせない.本拠点では,動学的情報を提供する企業パネルデータを新たに構築し,21COE以来の家計パネルデータに連動させ,個別市場の実情に即して供給と需要の両面から高質化のプロセスを解明する.パネルデータが明らかにする知見を財政・金融,労働経済,法と経済学,企業制度,国際経済,歴史などを含む幅広い研究で補強し,「市場インフラのコーディネーション」という事前的かつ間接的な手法で市場高質化を図るという新しい政策理念の有効性を立証する.さらに,現実に即した政策設計や提言を積極的に行い,この政策理念を社会に定着させる.
  • 同時に,将来にわたって本拠点の研究を発展させ,市場高質化を牽引する若手研究者を多数育成する.21COEの国際ネットワークを拡充し,市場の質という視点から理論,実証,データ構築,政策設計・提言の総合的な国際教育研究拠点を構築する.こうした活動を通じて,高質な市場を有する経済の構築を目指す.

[拠点形成計画の概要]

  • 本拠点では,このような目標のもと,高度専門教育をシステム化し,旧来型の徒弟制度的教育を一新する.
  • 開かれた教育研究システムを導入し,教育の達成目標と学生が身につけるべき必須能力を段階的に明示し,教育効果をきめ細かく点検しながら,教育研究を行う.京大スタッフと協力して拠点のテーマに関わる講義や演習,さらに,インテンシブ・レクチャー・シリーズを創設し内外の一流研究者を招いて幅広い講義を提供する,と同時に留学・海外研修制度を設け学生の海外経験の蓄積機会を組織的につくる.大学本部とも協力して,学生への経済的支援制度の導入にむけ制度改革を行い,魅力ある大学院教育を行う.本拠点の国際ネットワークを最大限活用し,優秀な研究員や留学生を発掘し,国際的な環境で市場の質研究に携わる若手研究者,Ph.D.を輩出する.
  • 市場の質の理論と実証を統合した新しい経済政策の提唱者として国際的な影響力を持つ吉野を拠点リーダーとし,4つの部門が密接に連携して教育研究を行う.理論開発部門:市場の質の提唱者である矢野を中心に「市場インフラのコーディネーション」を通じた市場高質化という経済政策理念を確立する.
  • パネルデータ設計解析部門:我が国のパネルデータ設計解析をリードしてきた樋口を中心に,市場高質化の解明に向け,新たに企業データを設計・構築し,21COEからの家計データと連動させ,実証分析を行い,政策提言の基礎を作る.応用・実証分析部門:吉野を中心に,個別市場,企業制度,法と経済学,国際経済,経済発展,歴史など幅広い分野の研究でパネルデータによる実証分析の知見を補強する.
  • 政策設計・提言部門:吉野が中心となり,市場高質化という本拠点の政策理念を根付かせ,日本の経済力の回復や世界経済の発展に貢献する.

[京都大学経済研究所との連携]

  • 21COEでは,京大21COEプログラム「先端経済分析のインターフェイス拠点の形成」と協力し,共同研究,テレビ会議システムによる合同演習,International Journal of Economic Theory の共同発刊,国際学会の共催など,教育と研究の両面で大きな成果を挙げた.また拠点リーダー吉野と京大西村は日本経済学教育協会を立ち上げ,2002年から経済学検定試験を開始し,経済学教育に大きく貢献してきた.
  • 本拠点の連携はこうした京大との強固な協力関係の上に成り立つ.市場の質の研究では,市場の「失敗」対「成功」という二元論的な従来の見方ではなく,市場の創設や改善による経済問題の解決を目指し,幅広い市場的現象を包括的かつ総合的にとらえる.労働市場・資本市場に重点をおいた慶應21COEの研究を私的財や教育のような「半公共財」市場にも広げるため,市場の限界や市場創設といった,市場の質研究と深く関わる研究で大きな業績を残してきた西村や藤田を中心とした京大経研のスタッフに教育研究に関する多面的な協力を求める.こうした研究者との協力により,より総合的な教育研究拠点の構築が目指される.